自分の事はある程度わかってるつもりです。
職人ってのは
一つの事を実直にきわめていくひと。
僕の致命的な部分は一つのことを長期的に
ずっとやるのは無理な事。
短期的には時に信じられない程の集中力を
発揮する事はあります。
そのときは寝る事もご飯もお風呂も
全てどうでもよくて
それだけに集中していたいし
優先順位を1番にしたくなる。
でも、それはずっとではない。
これをある程度のレベルで長期的に行う事が出来、
他の事はそんなに興味ないって感じの人が
職人なんだと思う。
僕の場合はやりたいことも好きな事もたくさん。
故に様々な事をしたい。
短所を嘆くより視点を変えよう。
短所だと思えば短所だが
世の中の物事全ての事はプラスに変換する事が出来る!!
そういう思考をいつも意識しているので
とくにこの事に関しては悩んでいない。
一つの事をずっと出来ない。。
と考えるのではなく
様々な事を同時に出来る!!
興味が泉のように溢れ出す!!
自分に正直に生きる事が出来る!!
こんなふうに言い換えれば
力が湧いてくるのではないだろうか。
もう思考パターンはマイナスにふれないようになってるので
自然にこんなふうに考えるようになったので
逆に意識しないとマイナスが見えない。
それもどうかと思うけど。笑
話しを戻します。
そんな職人ではない僕が成功するには
一つの物のクォリティだけを上げ続ける事は
おそらく不可能。
だとしたら。。
量を集める。
圧倒的な量ってのは質に転換する。
通常個人が集める事が出来ないような数を
手に入れる事が出来れば
それは実績にもなるし使える数字に変化する。
テレビのCMとかそうだよね。
まあ、あれはクォリティも高いからちょっと違うんだろうけど。
鶏が先か卵が先かという話しで
クォリティが高いから数が集まったのか
数を集めたからクォリティを上げる事が出来たのか。
おそらくだけどそれはどちらからスタートでも
いいと思ってる。
得意な方、好きな方で。
俺は何に対しても質より量って言ってきた。
性格的にそれが好きだっただけなんだけどさ。
でもそろそろ質にもこだわりを持てる場所を
自分で作っていいかもって思ってる。
今までのものは今までのものでやりながらね。
質にこだわりだしたら
ストイックになりそうでこわいんよね。
無意識になんでもあり、どうでもいいよっていう
感じを作り出してきた感じもしてる。
0か100しかないんよ。
人にまでうるさく言って嫌われながら
何かを作っていくっていうのは
本当に孤独でそれでも自分の信念を
たった1人になっても貫けるのか。。
いつも最悪の事態を考えながら行動している
自分の頭では答えがでなかったんだろうな。
直感で動くには無意識のうちに
最悪どうにかなるかどうかを計算出来てなければ
直感では動けない。
意識して考えるのも違う。
それは直感ではない。
圧倒的な経験の中から
過去の答えを感覚として呼び起こし
実行するのが直感で動くってことだと思ってる。
経験が少ない人間がこれをやると
的外れな事になる。
だからお勧めしない。
。。というのも、
自分自身が何回もそれを経験してるから
なんだけどね。笑
自分の経験が多いだなんて思わないけど
最初から何も行動してない人よりは
色々やってきたという自負はある。
上には上がいるし
自分はまだ底辺でしかないと思ってるけどさ。
直感って脳を自動化させることなんじゃないかと思ってる。
もっと感覚で答えを導きだせるようになりたい。
どんなものでもいい。
ネット上で繋がってる人の合計の数字を
10万にしたい。
基本的ななおきちの考えは
100人に1人くらいは行動してくれたり
リアクションしてくれたりするんじゃないかという
希望的推測からきてる。
もちろん、内容にもよるだろうけど。
コメントくれたり口コミしてくれたり
再生ボタンを押してくれたり。
なんでもいい、アクションを起こしてくれる人が
仮に100人に1人いるならば
1万人なら100人
10万人なら1000人。
現在Twitterのフォロワー数が12000人
Facebook友達・フォロワーで2100人
楽遊会・mixi友達で3500にん
googl+とかアメブロ、シンプログ、Facebookページ等
細々としたのを全て合わせても2万人いくかどうかというところ。
これを最低でもあと5倍以上にしたいと考えてるわけだ。
ソーシャルメディアの需要はこれからもっと拡大していく。
テレビやラジオ等マスメディアとは属性の違うメディアとして
重要な位置づけになる。
ローカルラジオ局、ローカルテレビ等くらいの
影響力でも持つ事が出来ればすごいよね。
ネットで数字を作る事が出来れば
リアルと融合していく事も出来るだろう。
数という物は
大きくなればなるほど
さらに大きくなろうとする感じがある。
難しいのは数字が小さい時期。
これをどうするかだよね。
そしてSNSを含むネット上のサービスは
新しい物が出来ては廃れていく。
その時古くなったサービスで作ったユーザーと
新しいサービスでどう効率よく繋がれるか。
ネットだけでもリアルだけでもデメリットがある。
どちらも効率よくまわしていければ
デメリットはカバー出来るんよな。
質や量が圧倒的に高い場合
そこに価値が発生する。
何をやりたいかっていうのも
すごく重要なんだけど
何で価値を提供出来るのか
自分自身と向き合う事で
見つける事が出来るんじゃないかな。
量を質に転換する。
これが俺のやるべきことだ!!
2013年12月22日日曜日
2013年12月21日土曜日
夜のお店の価値。
夜のお店って価値が凝縮してる感じがあるよな。
キレイな女性
カッコいい男性
豪華でわかりやすい店内
価値があるから時給も高い。
当然のことなんだよな。
普通に友達とお酒を飲むだけでは
あんなに支払う必要がない。
それは価値が低いのではなくて
等価交換してるからだと思う。
自分が価値を支払っていて
同じくらい受け取ってるから。
夜のお店で呑むには
お金があって良識があれば
基本的に誰でも行ける。
誰だって楽しい人や
見た目がいい人と呑んでみたい、会話してみたいでしょ。
全員がそうじゃないにしても世の中のほとんどの人は
そういう欲求を少なからず持ってる。
自分が美しいと思える人に話しを聞いてもらったり
優しくしてもらいたい。
美しく着飾った人と対等に話してみたい。
お金を支払えば叶う。
それがサービスなんよな。
価値をあげるために
厳しいルールがある。
そのラインを保つ事で
安定したクォリティを継続して提供出来る。
その分、キャストへの報酬も高い。
とてもフェアだと思う。
安く提供する事に目がいきがちな世の中だが
値段をおさえることに注力するのではなく
価値をあげることに注力したいものだ。
そのほうがよっぽど経済はまわるし
ゲーム理論で囚人のジレンマと呼ばれるものに
陥ることもなくなる。
囚人のジレンマとはこの場合
他店に対抗して値段を安くしていくこと。
そうすれば一時的に他店から客が流れてくるが
また他店も値段を落とし客を奪われる。
本来、全てのお店が価格対抗しなければ
全てのお店が利益を最大化させることが出来るはずなのに
自分の店だけ儲けようとする店が
どんどん値段を落としていきそれに対抗したお店が
価格競争に巻き込まれていくこと。
囚人のジレンマに陥らない為には
値段を安くする事を考えるのではなく
価値を高める事を考える事。
値段で勝負するのではなく
比較された時に価値でまさっていることが
大切になる。
価値が高いお店とはターゲットのお客様の満足度が高いサービスを
提供するお店のこと。
高い価値を提供する事に関しては
お店だけではなく
好かれる人間も必ず周囲の人に何らかの価値を
提供し続けている。
優しい
話しを聞いてくれる
自分を押し付けない
優先してくれる
信頼出来る
そういう人達は周りに価値を提供しているんだ。
だから好かれる。
逆に、
自分の話ししかしない
話しをさえぎる
自分の事しか考えてない
信頼出来ない
不快な気持ちになる
マイナスな発言が多い
等の人は価値を提供出来ないばかりか
関わると損をするというイメージを周囲が持つため
結果的に周りから人がいなくなる。
これは本人に悪気があろうがなかろうが
関係なく結果としてそうなってしまうため
最悪の場合本人は理由がわかっていないこともある。
こういうことを考える時
自分はどうだろう。。といつも考える。
周りに価値を提供出来る人でありたい。
キレイな女性
カッコいい男性
豪華でわかりやすい店内
価値があるから時給も高い。
当然のことなんだよな。
普通に友達とお酒を飲むだけでは
あんなに支払う必要がない。
それは価値が低いのではなくて
等価交換してるからだと思う。
自分が価値を支払っていて
同じくらい受け取ってるから。
夜のお店で呑むには
お金があって良識があれば
基本的に誰でも行ける。
誰だって楽しい人や
見た目がいい人と呑んでみたい、会話してみたいでしょ。
全員がそうじゃないにしても世の中のほとんどの人は
そういう欲求を少なからず持ってる。
自分が美しいと思える人に話しを聞いてもらったり
優しくしてもらいたい。
美しく着飾った人と対等に話してみたい。
お金を支払えば叶う。
それがサービスなんよな。
価値をあげるために
厳しいルールがある。
そのラインを保つ事で
安定したクォリティを継続して提供出来る。
その分、キャストへの報酬も高い。
とてもフェアだと思う。
安く提供する事に目がいきがちな世の中だが
値段をおさえることに注力するのではなく
価値をあげることに注力したいものだ。
そのほうがよっぽど経済はまわるし
ゲーム理論で囚人のジレンマと呼ばれるものに
陥ることもなくなる。
囚人のジレンマとはこの場合
他店に対抗して値段を安くしていくこと。
そうすれば一時的に他店から客が流れてくるが
また他店も値段を落とし客を奪われる。
本来、全てのお店が価格対抗しなければ
全てのお店が利益を最大化させることが出来るはずなのに
自分の店だけ儲けようとする店が
どんどん値段を落としていきそれに対抗したお店が
価格競争に巻き込まれていくこと。
囚人のジレンマに陥らない為には
値段を安くする事を考えるのではなく
価値を高める事を考える事。
値段で勝負するのではなく
比較された時に価値でまさっていることが
大切になる。
価値が高いお店とはターゲットのお客様の満足度が高いサービスを
提供するお店のこと。
高い価値を提供する事に関しては
お店だけではなく
好かれる人間も必ず周囲の人に何らかの価値を
提供し続けている。
優しい
話しを聞いてくれる
自分を押し付けない
優先してくれる
信頼出来る
そういう人達は周りに価値を提供しているんだ。
だから好かれる。
逆に、
自分の話ししかしない
話しをさえぎる
自分の事しか考えてない
信頼出来ない
不快な気持ちになる
マイナスな発言が多い
等の人は価値を提供出来ないばかりか
関わると損をするというイメージを周囲が持つため
結果的に周りから人がいなくなる。
これは本人に悪気があろうがなかろうが
関係なく結果としてそうなってしまうため
最悪の場合本人は理由がわかっていないこともある。
こういうことを考える時
自分はどうだろう。。といつも考える。
周りに価値を提供出来る人でありたい。
2013年12月16日月曜日
人生を前に進めたければ「No!」と言え。
何をして
何をしないか。
何を好み
何を嫌うか。
どうも「オトナ」の世界ってやつは
はっきりしない人間を作るのが
うまいようで
例に漏れず僕もそのようになっていっています。
しかし、本に書いてました。
詳しい文言は覚えてないけれど
ノーを出した選択の方が実は大切なのだと。
ノーを突きつけるというのは
とても勇気がいる事です。
あんなにも我が侭だった自分は
別人のようにそう思います。
きっと、たくさんの物を手に入れすぎたのでしょう。
はじめから何も無かった。
今も本当は何も「所有」なんてしていない。
時々ね、掃除をしていてそんなふうに思う事はあるんです。
生まれてきてから死ぬまで
本当にずっと一緒にいてくれるのは
自分自身だけなんだ。
つまり、心と一緒にいてくれるのは体だけで
体と一緒にいてくれるのは心だけなんだな。
いつからかそんなさみしいことを思うようになったよ。
しかし、心が楽になった。
人に期待しすぎていた昔の自分に比べ
今は穏やかにいられるんだ。
やりたいことを明確にするのと同じくらい
やりたくないことを明確にするのも大切な事。
時間がない、お金がない、
今の仕事をやめれない、
スキルが無い、自分には何も無いんだ。。
そんなことを言っている人は
実は一生そんなことを言い続けて
やりたいことをやれないまま死んでいくのだと
聞きました。
去年と預金通帳の中身がそんなに変わっていなかったり
付き合ってる人間もさほど変わっていない人は
気をつけた方がいいと聞きました。
明日も今日と同じような日が来てくれるとは
限らない。
ノー!と言えるのも生きてるうちだけなんだよなぁ。
無茶苦茶でもいいから
自分らしく生きていきたいな。
あと、こんな話しも聞いた事があります。
成功するには誰よりも失敗して
誰よりもリスクをとれと。
その振り幅で成功するのだと。
確かにリスクもとれず失敗もせずに
どうやって成功するというのだろうと
僕も思います。
新しい事をはじめるとき
僕は思いつく限りの失敗をしてみることにしています。
というか、ギリギリのラインを知るには
失敗するしかないんです。
本当に大切な事はギリギリのラインにある。
ギリギリアウトを知らない事には
ギリギリセーフは見えない。
安全圏でみんなと同じ事してたら
一生そのままなんだよね。
今までたくさんお金も失ってきたし
色んな意味で怪我しました。
それでも攻めようと思うのは
失ったもの以上に経験という宝物を得る事が出来
そこに価値を感じているからです。
何かをある程度極めるということは
他にも応用が大体きくんです。
そして何かで築いた基盤ってのは
他にも応用したり流用したり出来る事も少なくありません。
一点集中。
ズバ抜けなきゃ!!
弱火で水をあたためてても
いつまでたっても沸騰しないでしょ。
これでもかってくらい強火であたためたなら
水は湯気になる。
状態が変わる。
そこまで持って行くには短期間で集中して
結果を出すからなんだよな。
ずっとじゃなくていい。
ピンポイントで「今!」ってときには
他のことをおろそかにしてでも
やらなきゃなんないことだってあるんだ。
臆する事無くいこう。
成功か失敗しかない。
最終的に信じられるものは
自分自身だよ。
何をしないか。
何を好み
何を嫌うか。
どうも「オトナ」の世界ってやつは
はっきりしない人間を作るのが
うまいようで
例に漏れず僕もそのようになっていっています。
しかし、本に書いてました。
詳しい文言は覚えてないけれど
ノーを出した選択の方が実は大切なのだと。
ノーを突きつけるというのは
とても勇気がいる事です。
あんなにも我が侭だった自分は
別人のようにそう思います。
きっと、たくさんの物を手に入れすぎたのでしょう。
はじめから何も無かった。
今も本当は何も「所有」なんてしていない。
時々ね、掃除をしていてそんなふうに思う事はあるんです。
生まれてきてから死ぬまで
本当にずっと一緒にいてくれるのは
自分自身だけなんだ。
つまり、心と一緒にいてくれるのは体だけで
体と一緒にいてくれるのは心だけなんだな。
いつからかそんなさみしいことを思うようになったよ。
しかし、心が楽になった。
人に期待しすぎていた昔の自分に比べ
今は穏やかにいられるんだ。
やりたいことを明確にするのと同じくらい
やりたくないことを明確にするのも大切な事。
時間がない、お金がない、
今の仕事をやめれない、
スキルが無い、自分には何も無いんだ。。
そんなことを言っている人は
実は一生そんなことを言い続けて
やりたいことをやれないまま死んでいくのだと
聞きました。
去年と預金通帳の中身がそんなに変わっていなかったり
付き合ってる人間もさほど変わっていない人は
気をつけた方がいいと聞きました。
明日も今日と同じような日が来てくれるとは
限らない。
ノー!と言えるのも生きてるうちだけなんだよなぁ。
無茶苦茶でもいいから
自分らしく生きていきたいな。
あと、こんな話しも聞いた事があります。
成功するには誰よりも失敗して
誰よりもリスクをとれと。
その振り幅で成功するのだと。
確かにリスクもとれず失敗もせずに
どうやって成功するというのだろうと
僕も思います。
新しい事をはじめるとき
僕は思いつく限りの失敗をしてみることにしています。
というか、ギリギリのラインを知るには
失敗するしかないんです。
本当に大切な事はギリギリのラインにある。
ギリギリアウトを知らない事には
ギリギリセーフは見えない。
安全圏でみんなと同じ事してたら
一生そのままなんだよね。
今までたくさんお金も失ってきたし
色んな意味で怪我しました。
それでも攻めようと思うのは
失ったもの以上に経験という宝物を得る事が出来
そこに価値を感じているからです。
何かをある程度極めるということは
他にも応用が大体きくんです。
そして何かで築いた基盤ってのは
他にも応用したり流用したり出来る事も少なくありません。
一点集中。
ズバ抜けなきゃ!!
弱火で水をあたためてても
いつまでたっても沸騰しないでしょ。
これでもかってくらい強火であたためたなら
水は湯気になる。
状態が変わる。
そこまで持って行くには短期間で集中して
結果を出すからなんだよな。
ずっとじゃなくていい。
ピンポイントで「今!」ってときには
他のことをおろそかにしてでも
やらなきゃなんないことだってあるんだ。
臆する事無くいこう。
成功か失敗しかない。
最終的に信じられるものは
自分自身だよ。
2013年12月11日水曜日
自分の看板で勝負する。
よく、サラリーマン時代に
大きな結果を残し
これなら独立してもいける!!
と思って脱サラしたはいいけど
うまくいかない。。という話しを聞きます。
自分の力を過信し、
会社の看板で仕事している事に
気付かない人っていうのは思いのほか多いようです。
何かをしようと思った時まず難しいのが
信用と実績。
それがないとどこも取引してくれませんもんね。
これは脱サラした人だけの話しではなく
誰かの力で自分が結果を出させてもらっているのに
そのことにも気付かずにいる人をよく見かけます。
自分が作り上げた看板で実績を積み
信頼を得て勝負してこそ
はじめて実力といえるのだと思います。
誰かが長年かけて作った看板を使って
やっていくのは本当に簡単な事なんですよね。
一番大変な0を1にする作業、
そこから1を2にして2を3にして
一歩一歩確実にやってきたその過程も考えずに
いる人を見かけると心が悲しくなります。
その度自分への戒めの気持ちも同時に生まれます。
誰が自分と繋げてくれたのか。
誰が自分を大きくしてくれたのか。
誰がチャンスをくれたのか。
誰が認めてくれたのか。
考えた時にたくさんの顔が浮かびます。
僕はその人達なしでは絶対に今の基盤を
作り上げる事は出来なかったし
自分の力なんて小さいと思っています。
キーパーソンと繋げてくれた人は
本当に大切にするべきだなと思いました。
人脈なんて湧いて生まれるものではない。
本当に優れた人なんてすぐにすぐ存在する物ではない。
貴重な人材と出会わせてくれた人には
特に感謝だ。
本当にありがとう。
これからも謙虚な気持ちを忘れずにいよう。
そして看板を磨いていこう。
大きな結果を残し
これなら独立してもいける!!
と思って脱サラしたはいいけど
うまくいかない。。という話しを聞きます。
自分の力を過信し、
会社の看板で仕事している事に
気付かない人っていうのは思いのほか多いようです。
何かをしようと思った時まず難しいのが
信用と実績。
それがないとどこも取引してくれませんもんね。
これは脱サラした人だけの話しではなく
誰かの力で自分が結果を出させてもらっているのに
そのことにも気付かずにいる人をよく見かけます。
自分が作り上げた看板で実績を積み
信頼を得て勝負してこそ
はじめて実力といえるのだと思います。
誰かが長年かけて作った看板を使って
やっていくのは本当に簡単な事なんですよね。
一番大変な0を1にする作業、
そこから1を2にして2を3にして
一歩一歩確実にやってきたその過程も考えずに
いる人を見かけると心が悲しくなります。
その度自分への戒めの気持ちも同時に生まれます。
誰が自分と繋げてくれたのか。
誰が自分を大きくしてくれたのか。
誰がチャンスをくれたのか。
誰が認めてくれたのか。
考えた時にたくさんの顔が浮かびます。
僕はその人達なしでは絶対に今の基盤を
作り上げる事は出来なかったし
自分の力なんて小さいと思っています。
キーパーソンと繋げてくれた人は
本当に大切にするべきだなと思いました。
人脈なんて湧いて生まれるものではない。
本当に優れた人なんてすぐにすぐ存在する物ではない。
貴重な人材と出会わせてくれた人には
特に感謝だ。
本当にありがとう。
これからも謙虚な気持ちを忘れずにいよう。
そして看板を磨いていこう。
2013年12月9日月曜日
需要がないところには供給するな。
需要があるところに供給するというのは
基本的なことだと思いますが
もしかしたら同じくらい大切かもしれないと
感じた事があります。
それは
需要がないところには供給しない。
ということです。
その理由は明白。
欲してる情報ならばそれは宝となり
価値も最大化します。
しかし、求めてもいない情報を
相手に押し付けてしまうと
相手はうんざりしてしまうわけですね。
どれだけ高級なソファでも
欲していない人には無料でも必要ない、
ゴミそのものなのですね。
極端に言えば
4畳半に住んでる人に
大きなソファをプレゼントしようとしても
喜ばれる可能性はきわめて低いということです。
価値は人それぞれ。
自分の価値は尊重するべきだと思います。
しかし、他の人の価値は同等かそれ以上に
大切にするべきだと思っています。
また、需要がないところに供給するという事は
本当に効率が悪いし何かを生み出す可能性が
きわめて低いですね。
自分がどうしたいか。
ではなく、
相手は何を望んでいるのか。
そのことに重きを置けないのならば
きっと成功はないでしょう。
なぜなら、
あなたがやりたいことや
あなただけが得する事に多くの人は
興味がないからです。
ほとんどの人が興味を持っているのは
自分が得をする事や自分がやりたいこと、
欲求が満たされることですね。
相手と自分の利害が一致していると思っても
よく考えてみて。
自分の利益を優先していないか。
押し付けがましくなっていないか。
もしそうなっているのならば
望んだ結果とは反対の結果を
見る事になるでしょう。
そしてもしも、
実際自分の利益を優先し
相手の心も考えず「押し付けて」しまっている、
その事にも気付けない程の人間的なレベルなら
あなたの周りからは理由もわからずに
人が離れていくことでしょう。
全ては結果として出る。
いいことも悪い事も。
短期的に成功する人はいても
長期的に見れば確率論と同じで
必ず一定の結果が出るようになっている。
基本的なことだと思いますが
もしかしたら同じくらい大切かもしれないと
感じた事があります。
それは
需要がないところには供給しない。
ということです。
その理由は明白。
欲してる情報ならばそれは宝となり
価値も最大化します。
しかし、求めてもいない情報を
相手に押し付けてしまうと
相手はうんざりしてしまうわけですね。
どれだけ高級なソファでも
欲していない人には無料でも必要ない、
ゴミそのものなのですね。
極端に言えば
4畳半に住んでる人に
大きなソファをプレゼントしようとしても
喜ばれる可能性はきわめて低いということです。
価値は人それぞれ。
自分の価値は尊重するべきだと思います。
しかし、他の人の価値は同等かそれ以上に
大切にするべきだと思っています。
また、需要がないところに供給するという事は
本当に効率が悪いし何かを生み出す可能性が
きわめて低いですね。
自分がどうしたいか。
ではなく、
相手は何を望んでいるのか。
そのことに重きを置けないのならば
きっと成功はないでしょう。
なぜなら、
あなたがやりたいことや
あなただけが得する事に多くの人は
興味がないからです。
ほとんどの人が興味を持っているのは
自分が得をする事や自分がやりたいこと、
欲求が満たされることですね。
相手と自分の利害が一致していると思っても
よく考えてみて。
自分の利益を優先していないか。
押し付けがましくなっていないか。
もしそうなっているのならば
望んだ結果とは反対の結果を
見る事になるでしょう。
そしてもしも、
実際自分の利益を優先し
相手の心も考えず「押し付けて」しまっている、
その事にも気付けない程の人間的なレベルなら
あなたの周りからは理由もわからずに
人が離れていくことでしょう。
全ては結果として出る。
いいことも悪い事も。
短期的に成功する人はいても
長期的に見れば確率論と同じで
必ず一定の結果が出るようになっている。
2013年12月6日金曜日
人と関わるときの基本。
様々な人がいます。
価値観が合う人合わない人
好きな人嫌いな人
尊敬出来る人、出来ない人。
その判断基準は通常自分の価値観ですよね。
しかし、関わるか関わらないかを選べないときもあります。
学校、職場、コミュニティ等。
そんな時心を楽に保つ為の考え方。
相手に寄り添う事。
自分が相手を好きか嫌いかなんて関係なくて
相手の価値観を精一杯想像する。
相手の価値観になったつもりで話しを聞く。
自分の価値観のまま話しを聞いてしまうと
どうしても「え?」って思う事や
理解出来ないこともあるでしょう。
そんなとき人はストレスを抱えてしまいます。
しかし、相手の価値観を想像しながら
話しを聞く事が出来れば
自分の価値観とは違うけれど
この人の価値観を想像すると
この考えでも理解出来るな、
自分とは考え方は違うけれど
この人はこうなんだな。
と、心の落としどころを作る事が出来ます。
人によって正しい事・正しくない事は違います。
自分の価値観に相手や世界をあてはめようとするのではなく
相手の価値観に歩み寄りじゅうぶん理解する姿勢を示しましょう。
どんな時もまずは自分から。
優しく人と接する人から見える世界は
優しさに満ちあふれています。
攻撃的に人と接する人から見える世界は
人間不信に陥りそうな程苦しい物でしょう。
しかし、全ては自分からはじめてしまったことなのです。
水面に一滴の水を落としているのはいつもあなた自身です。
世界はその一滴から波紋を広げ
あなたが見える世界はその波紋そのものなのです。
優しさという色の水を一滴落としたならば
あなたから優しさという波紋が広がり
あなたの目にはいつもその光景がうつるでしょう。
あと、人と関わる時に過剰な期待もよくない。
自分が相手にしてあげたいと思って行動したことは
それはその場で終わり。
あとは忘れればいいのです。
しかし、人から受けた恩はずっと覚えていて
様々な形で一生を通して返し続けましょう。
人生のタイミングには波があるので
今すぐ返せなかったとしても
ずっと忘れず少しずつ返せばいい。
その精神姿勢は相手にも伝わるものです。
人と関わる時
自分の事ばかり考えてる人は嫌われます。
判断基準を相手の価値観にすることで
相手にとって居心地の良い存在になれることでしょう。
価値観が合う人合わない人
好きな人嫌いな人
尊敬出来る人、出来ない人。
その判断基準は通常自分の価値観ですよね。
しかし、関わるか関わらないかを選べないときもあります。
学校、職場、コミュニティ等。
そんな時心を楽に保つ為の考え方。
相手に寄り添う事。
自分が相手を好きか嫌いかなんて関係なくて
相手の価値観を精一杯想像する。
相手の価値観になったつもりで話しを聞く。
自分の価値観のまま話しを聞いてしまうと
どうしても「え?」って思う事や
理解出来ないこともあるでしょう。
そんなとき人はストレスを抱えてしまいます。
しかし、相手の価値観を想像しながら
話しを聞く事が出来れば
自分の価値観とは違うけれど
この人の価値観を想像すると
この考えでも理解出来るな、
自分とは考え方は違うけれど
この人はこうなんだな。
と、心の落としどころを作る事が出来ます。
人によって正しい事・正しくない事は違います。
自分の価値観に相手や世界をあてはめようとするのではなく
相手の価値観に歩み寄りじゅうぶん理解する姿勢を示しましょう。
どんな時もまずは自分から。
優しく人と接する人から見える世界は
優しさに満ちあふれています。
攻撃的に人と接する人から見える世界は
人間不信に陥りそうな程苦しい物でしょう。
しかし、全ては自分からはじめてしまったことなのです。
水面に一滴の水を落としているのはいつもあなた自身です。
世界はその一滴から波紋を広げ
あなたが見える世界はその波紋そのものなのです。
優しさという色の水を一滴落としたならば
あなたから優しさという波紋が広がり
あなたの目にはいつもその光景がうつるでしょう。
あと、人と関わる時に過剰な期待もよくない。
自分が相手にしてあげたいと思って行動したことは
それはその場で終わり。
あとは忘れればいいのです。
しかし、人から受けた恩はずっと覚えていて
様々な形で一生を通して返し続けましょう。
人生のタイミングには波があるので
今すぐ返せなかったとしても
ずっと忘れず少しずつ返せばいい。
その精神姿勢は相手にも伝わるものです。
人と関わる時
自分の事ばかり考えてる人は嫌われます。
判断基準を相手の価値観にすることで
相手にとって居心地の良い存在になれることでしょう。
2013年12月4日水曜日
なぜ汚れるのか。それは周りに物があるからだ。
汚れる。
その原因を考えてる。
何故汚れるのか。。
それは物があるからだ。
もしも周りに何もなければ最低限しか汚れる事はない。
しかし時に人は大切な物をそこに置いておきたいが為に
自らの手を汚す。
。。なんて、部屋を掃除しながら考えてた。
シュールな話しだ。笑
もし部屋に物が最低限しかなければ
散らかり方も最低限だろう。
知恵を使い無駄なく生きる。
そういうのもありだなと思った。
しかし何故人間はこうも
一度手にしたものを手放すことが
難しいのだろう。
自らをそのゴミに投影しているのではないか。
そんなふうに思う。
捨てられたくないから捨てないのか。
今日も四角い部屋で日が沈む。
その原因を考えてる。
何故汚れるのか。。
それは物があるからだ。
もしも周りに何もなければ最低限しか汚れる事はない。
しかし時に人は大切な物をそこに置いておきたいが為に
自らの手を汚す。
。。なんて、部屋を掃除しながら考えてた。
シュールな話しだ。笑
もし部屋に物が最低限しかなければ
散らかり方も最低限だろう。
知恵を使い無駄なく生きる。
そういうのもありだなと思った。
しかし何故人間はこうも
一度手にしたものを手放すことが
難しいのだろう。
自らをそのゴミに投影しているのではないか。
そんなふうに思う。
捨てられたくないから捨てないのか。
今日も四角い部屋で日が沈む。
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